木製の取っ手がついた、注ぎ口の細くなった銀色のポットを取り出すと、壁際のでっぱりから水を注ぐ。
どうやらこの部屋には水を汲み上げる機構があるようだ。
どういう構造になってるかはよくわからないけど、この街には風車が沢山あるし、時計塔もある。
動力は風車から取り出せばいいし、止まることがないこの時計塔の動力を拝借することも可能だろう。
水源は・・・、地下3階のペノメナ湧き場だったら嫌だな。
「道具も温めるといいんですよね」
ポットを火にかけて、それにドリッパーをかぶせる。
ポットのふたを開けたところにかぶせているので、沸騰した時の蒸気で温めるのだろう。
ドリッパーは赤茶で艶がある。どうやら銅でできているらしい。
小さなアルコールランプの火力はけっこうなものだった。
内容物が違うのか、魔力的な付与がされているのか、少し経つと水がぽこぽこと沸き立ってくるのがわかった。
と、カリカリと乾いた軽い音が聞こえてくる。
音の源は、レバーの付いた小さな木箱からだった。
小さなしっかりとした作りの木箱に、鈍く黒光りする円筒があり、そこからレバーが伸びている。
木箱は優しい温もりのある明るいこげ茶色をしている。
引き出しに取っ手がついているくらいで他に飾りになるような物もないシンプルな細工だけど、上品さがある。
彼女は手馴れた様子で、金色のレバーを丁寧にくるくると回していく。
そのたびに、香ばしい香りが周囲へと羽ばたいていき、気持ちのいい曲が流れていく。
それはさながらオルゴールを奏でているように。
目を細め、マエストロの奏でるささやかな音色に耳を預けていた。
「ゆっくりと」
手元を見ながら、彼女がつぶやくように言葉を紡ぐ。
「ゆっくりと挽いてあげなきゃいけないんですよね
摩擦熱が出ると、それでご機嫌斜めになっちゃう
コーヒー豆って、けっこう繊細だったりするんです」
「へぇ・・・、そうなんだ」
そう言いながら、手はゆっくりと、丁寧にコーヒー豆を挽いていく。
それは単純な作業だが、彼女にとっては楽しみの一つなのだろう。
顔を下に向けて伏せ目ではあるが、それでも楽しそうなのが少し伝わってくる。
私はコーヒー豆のかもし出す香りを楽しむことにして、机の上に両腕を組んで、突っ伏した。
そこにジュウという焼けた音が、強制的に走りこんできた。
ボコボコとけたたましく、ポットが主張を激しくしている。
沸騰させすぎてお湯がふきこぼれ、ドリッパーが蒸気とお湯に押し上げられてカチカチと金属音を響かせている。
「あっ!いけないっ」
彼女は急いでポットに駆け寄る。
「ぁっつい!」
わかりやすい悲鳴をあげる。
急いでポットをどけようとして、落ちそうなドリッパーに気付き先に下ろそうとそのまま触れてしまったせいだ。
触れたほうの手を空中で思いっきり振って冷ましながら、木の取っ手を持って鍋敷きの上に下ろす。
「ちょっと冷ますので待ってくださいね
そのままだと、おいしくないものまで抽出されちゃうんで」
お湯を冷ましている間に、ドリップの用意をし始めた。
丁寧に挽いたコーヒー豆は、見事な中挽きになって取り出される。
中挽きの粉をドリッパーには入れずに、目の粗い厚紙の上に広げる。
なんでこんなことをしているのかと見ていたら、ふっと吹いた。
細かな粉が宙に舞っていく。
自分ではそういうつもりはなかったのだが、どうやらまた顔に出ていたらしい。彼女が理由を説明する。
「こうすることで、渋みを含んだ部分が飛んでいくんです」
「へぇ、そんな部分があるんだ」
「はい。豆の中心にある銀皮という部分や細かい粉末は渋みを多く含んでるんです
だからこうやって、吹いてふきとばしちゃうんですよ」
「成る程ね」
「もっといい分別方法があるかもしれないんですけど、思いつかなくてこれで」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、ドリッパーにフィルタをかけ、粉を流し込んだ。
目次へ 次へ